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2021.12.21 エコノミスト・ストラテジスト・レポート ~鳥瞰の眼・虫瞰の眼~

ハンナ・アレントと日本経済中枢の機能不全問題

年末にあたり今年のニュースで特に気になったことを記しておきたい。今年は日本の政官財の中枢部で「ハンナ・アレント問題」とでも呼ぶべき現象が目立った。ハンナ・アレントは『全体主義の起源』や『人間の条件』の著者でドイツ人の政治哲学者だ。アレントが最も有名なのは、ナチスでユダヤ人大虐殺を実働部隊として指揮したアイヒマンに対する評価だ。アレントは戦後の軍事裁判でのアイヒマンの陳述から思考の構造を以下のように解釈した。アイヒマンは極悪非道の人物ではない。むしろ、どこの世界にも普通に沢山いる上司の命令に従順な単なるイエスマンだ。近代人の精神構造の根底には経済成長の恩恵を受けた興味の対象の変化がある。近代以降の人間は、経済的利益を追求するあまり、身近な狭い私的領域にしか興味がなくなる。そして、社会全体に対する関心が薄れて行く。サラリーマン(ウーマン)なら興味は自分の昇格にしかない。上司の命令なら正義の理非など考えもせず、忠実に実行するイエスマンになる。こうしてアイヒマンは、上司の命令に従ってユダヤ人大虐殺を実行した。全体主義はこうしたメカニズムで社会に蔓延する。ハレントは、言いたいことを言った人物だった。このアイヒマンを擁護すると言えなくもない評価は、ユダヤ人社会で全く受け入れられず、大学教授の座を追われることとなった。

政官財の中枢部での「ハンナ・アレント問題」だが、まずは財界だ。みずほ銀行がシステム障害で12月にまた金融庁から業務改善命令を受けた。金融庁は、障害の「直接的な原因」とその「背景」、そして、これらを生み出した「真因」に分けて分析した。真因は「言うべきことを言わない、言われたことだけしかしない姿勢」と指摘した。もし、言うべきことを言った人材がいたとしたら、どのような人事考課と処遇を受けたかを追跡調査すれば、真因の真因が分かるとの指摘はある。

次に官界では、コロナウイルスのデルタ株が蔓延した夏場の医療崩壊だ。医師と保健所の連携が個人データの外部流出を根拠にできず、自宅療養中に死亡する事故が多発しても、行政官は規則に従った行動だとして、反省する機運はないと報道されている。11月22日の日経新聞報道によると、厚生労働省の幹部は元厚労大臣の塩崎恭久氏に対し「(在宅療養中に死亡した場合)病状急変リスクはしょうがないんです」と返答した。

最後に政界は脱炭素だ。脱炭素の方針を打ち出したのは菅前総理で、昨年の総理就任の際の施政方針演説で唐突に打ち出した。事前に漏れたら財界から潰される可能性が高かったため、唐突に方針を打ち出したとされている。

戦後日本の経済発展はエネルギー政策が重要な鍵を握った。戦後の復興期には石炭生産が傾斜生産で国家再建の中心的役割を担った。その後は世界で最も早く低コストの石油に転換した。悪く言うと石炭は簡単に切り捨てられた。石炭産業保護という通産省(経済産業省)の省益よりエネルギー政策転換による国益を優先した結果と見て良い。1970年代には石油ショックを受けて省エネ技術で世界をリードした。通産省の国益を優先する産業政策が大成功した成果だといっても過言ではない。この輝かしい実績を持つ日本のエネルギー政策が、脱炭素では大きく出遅れた。

考えられる理由として、政官財の鉄の三角形が原発の再稼働に固執したことだと見る向きは多い。しかも日本は、東日本大震災で空前の原発事故を経験した。この原発事故は世界に衝撃を与えドイツなど多くの国が脱原発にエネルギー政策を転換するきっかけとなった。もっと言うと、当時の日本は再生可能エネルギーの分野で世界一の特許数を持っていた。再生可能エネルギーに傾斜する条件は整っていた筈だ。だが、これも「ハンナ・アレント問題」と考えれば分かり易い。政官財の鉄の三角形は、身近な私的領域での利益を目的に形成される。そこには将来の大きな国益を見据える視点は希薄だ。菅前総理の後任の岸田総理は11月に開催されたCOP26に出席し脱炭素をめぐる国際情勢を肌で感じたはずだ。にもかかわらず、事業規模79兆円と巨大な補正予算では、脱炭素のための予算は非常に小さい。政官財の頂点に立つ政界の「ハンナ・アレント問題」と断じてよいのではないか。(脱稿12月14日)

以上

運用戦略部 チーフ・ストラテジスト 黒瀬浩一

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